Something Poetical Private

私的で詩的な映画の感想を書いています。

ゴースト・イン・ザ・シェル

あんまり見たことあるアニメの実写化とか見るの好きじゃないんですよね。過去作と比較したり、「こんな話だっけ」とか思って集中できなかったりするので。

これから感想を書く「ゴースト・イン・ザ・シェル」は昨日の2017年4月7日に日本で公開された実写映画です。ちなみに僕はアニメ版を一応見ました*1けど、「なんじゃこら」と思ってしまいです。僕は普段から物語を「理解」することにはあまり興味がないのでわけわからん物語を提出されても普通に見て楽しむわけなんですが、特に琴線には触れず。

今回の感想も同じようなもんで、「なんじゃこりゃ」なわけなんですが、僕が一番感動したのはやっぱり「実写でGhost In The Shell」が目の前にある、というかこの世に存在できる、ということですね。15年前はせいぜいマトリックスで演出の一部をオマージュするのが関の山だったのに、少佐が透明になって窓を突きやぶれるようになった。それがわかっただけでも、この映画を見に行ってよかったなと思っております。

ただ団地を映す、なんの意味のない映像が2秒間。その2秒間が物語には全く関係ないのに印象に残ったりするし、その辺もちゃんとGhost In The Shellだなって感じがしてきます。

私的に気になっていて確かめたかったことは上に書いたようにこの映画が本当に(演出面できちんと)「Ghost In The Shell」なのかどうかということと、もうひとつがビートたけしの存在ですね。どうでもいいことですと、たけしは日本語を喋るのか英語を喋るのかも気になっていたのですが*2、何よりも気になっていたのは「なぜビート(北野)たけしなのか」ですね。僕は特別ビートたけしが好きというわけでもないのですが、僕がかの人に少し惹かれるのは日本のコメディアンという立場で大馬鹿をやりながら、同時に謎の凄み、もっと直接言うと恐ろしさみたいなものを感じるからです。27時間テレビで「火薬田ドン」とかいうキャラクターをやって自分が大砲で飛ばされたりして笑いをとりながら、(見てないけど)アウトレイジのようなヤクザにもなれる人は彼の人以外に僕は知りません。

わざわざ異邦人をひとり使って何がしたかったのか、見るまでは気になってました。見ても、よくわかりません。ただ、それは僕が役者を知らなすぎるだけかもしれません。

ここから先はあまりこの映画関係ない戯言なのですが、僕もアニメーションは人並みには好きだと思っていますが、最近はそんなにアニメーションの可能性を感じません。ただの「焼き直し」であるはずのハリウッド映画のほうがまだまだ進化する気がします。

別に僕は最新のアニメを追っているわけでも、アニメ映画をバンバン見ている人でもないので強く断言するような権利はないのですが、数年前までは感じられた、日本のアニメはすごいという「希望」が最近は感じられなくなっています。これは話が面白くないというわけではないです。ただ、まだまだ「これからも日本のアニメは世界に影響を与え続けられる」という希望が今の僕には持てないというだけです。

Ghost In The Shellは作れてしまった。もし「パプリカ」も作られたらきっと僕は「アニメじゃなきゃできないこと」なんて空想だなと思うようになるかもしれません。

*1:ここでの一応というのは僕はGhost In The Shell 2.0 という微妙に色々変わったリメイクを見ただけなのでオリジナルは実は見ていないのです。本当のオリジナルは原作だろという話もありますが。

*2:日本語セリフで英語字幕がついてました。他の人は全員英語だったので特別待遇ですね。でもその待遇がなされるだけの存在だと思いますが。