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Something Poetical Private

私的で詩的な映画の感想を書いています。

「奇蹟がくれた数式」をより楽しめるかもしれない無限の話

はい, 見てきました, 『奇蹟がくれた数式』. 一週間くらい映画見てなかったんで一週間くらい間が空きましたね.

ひょっとして僕のことをよく知らない人いるかもしれないので書いておきますが, 学部は数学科を卒業し, 実は数学科の大学院生で現在休学中という微妙な身分です. 最近「淵に立つ」の記事がありがたいことに多数シェアされたみたいで, 新規読者もいるっぽいので一応書いておきました.

今回は真面目に映画を見に行くというよりは, まあ数学者の映画らしいし見とくかくらいの感覚で行きました. 普通に楽しかったですし, 数学(者)を題材にした物語がつくられるのは非常にありがたいことなので, 多くの人にぜひぜひ劇場へ足を運んでほしいなと, 関係者でもないのに思っております.

この記事では感想よりも, 本編に関係する背景として「無限を正確に取り扱うことの難しさ」について簡単に書こうかなと思います.

ちなみに以下に書くことの大部分は僕が高校3年生のときに数学の授業で教わったことですので, 身構えずに読んでくださいな.({\sin}{\cos} も出てきませんよ!)

無限を扱う

無限を正確に取り扱うことはとても難しいです.非常に簡単な和を題材にとって, ハーディがラマヌジャンにしつこく「直感だけではダメだ」と諭すその理由を少し説明しましょう.

次のようなへんてこな和を考えます.

{
\begin{align}
\sum_{k=1}^n (-1)^{k-1} = 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots + (-1)^{n-1}
\end{align}
}

この和は {n} の値により値が変わります. {n} が偶数だったら {0}{1}{-1} が同じだけあるから), {n} が奇数だったら {1}{-1}{1} に比べひとつ少ないから)になります.

なんかいきなり {n} とか {\sum} とか出てきてもちんぷんかんぷんだよ! と言われるかもしれませんが, いってることは至極単純で, 例えば {n=2} だったら計算したい和は {1 - 1 = 0} だし, {n=3} だったら計算したい和は{1 - 1 + 1 = 1} です. {n}有限である間はこの足し算には答えが出ます. そしてその答えは {1}{0} です.

この答えは足す順番に依りません. 小学校以来慣れ親しんでいる「和の交換法則」や「和の結合法則」ですが, 例えば先の和の {n=10} のときは,

{
\begin{align}
&1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 \\
&= (1 + 1 + 1 + 1 + 1) - (1 + 1 + 1 + 1 + 1) \\
&= 5 - 5 = 0
\end{align}
}

という風な計算が可能です. 当たり前の式に見えるかもしれませんが, これもあくまでも {n} が有限の間にだけ成立します.

先程から {n} が有限の間とくどいほど繰り返していますが, では {n} を無限にするとどうなるのかというのが気になるころでしょう. 結論から言うと, 残念ながらこの"和"の場合 {n} が無限大のときを考えても意味を持ちません*1.

まず, 無限和とは何かについてきちんと定式化しましょう(といっても, 大学の数学の教科書のように現在も使われている定式化をするわけではないです).

過去にも書いた気がしますが, 実数列 {\{a_k\}_{k=1}^\infty} に対して*2, その部分和の列 {S_n = \sum_{k=1}^n a_k}が"収束"したとき, その収束値を {\sum_{k=1}^\infty a_k} と書きます. これが数を無限に足すことの定義なわけなんですが, "収束"が定義できていません.

ここでは真面目に数列や和(級数とも言います)の収束の定義はしません*3が, 「収束」という概念を和の場合に限定して簡単に説明すると, 和がひとつの値に近づいていくとき収束するといいます.

たとえば, {0 + 0 +  \cdots }{0} を無数に足しても {0} のままでしょう. この場合, 和 {0 + 0 + \cdots}{0} に収束しています. そもそも最初から最後まで {0} から離れないからです.

他にも,

{
\begin{align}
1 + \frac{1}{2} + \left(\frac{1}{2}\right)^2 + \left(\frac{1}{2}\right)^3 + \cdots
\end{align}
}

という和は {2} に収束します. {1 + 1/2 = 3/2 \le 2}, {1 + 1/2 + 1/ 4 = 7/4 \le 2},...と2以下のままで増え続けていきます. もっと計算をしていくと, {15/8}, {31/16}, {63/32} と続いていきます.この議論だけでは2に近づくことは断言できませんが, なんとなく2に近づいている様子を感じられるかと思います.

さて, もうおわかりかと思いますが, 上にかいた"和" {\sum_{k=1}^\infty(-1)^{k-1}} は存在しません. なぜなら, 部分和 {S_n =\sum_{k=1}^n(-1)^{k-1}} が"収束しない", つまりこの至極簡単そうに見える"和"は「あるひとつの値に近づいていかない」"和"なのです. 実際, {n}{1} 増えるごとに {1} になるのと {0} になるのを繰り返していていますが, {1} にも {0} にも"近づいて"はいません.

このように有限の範囲ではとても簡単な和なのに, 無限にした瞬間に意味をもたなくなることがあります. 直感に反し……ませんかね. ラマヌジャンやハーディの問題は「無限」に関連する(正確には極限かもしれませんが.)問題だったので, ハーディはラマヌジャンにしつこく「直感」ではなく「証明」をしろと言うのです. 数学を学んでいる人間は一度は「直感」と「論理的な議論の帰結」が合致しないことを経験したことがあるはずで, それを知っているからこそハーディや英国の数学者たちは証明もできていない定理など認められないと言うのです.

ちなみに, 数学者が証明をきちんと書くという文化が広まり徹底されるようになったのは19世紀のはじめ, もっと言うとGaussが広め始めた文化だと聞いたことがあります. Gaussは1800年ごろには既に活躍していたのですが, 200年くらいの文化です.長いと思いますか?短いと思いますか?

さらに, 無限和の場合は交換法則や結合法則が(一般には)成り立ちません. 収束しないものはいわずもがな, 収束する和であっても足す順番を帰ると結果が異なる場合があります. 疲れてきたのと, 高校数学からはかなり逸脱するっぽいので, 例をあげるのはやめます.

無限和の例

上にあげた無限和はかなり作為的な例だったので, いくつか意味のある無限和の例を紹介しましょう. 特に証明などは書かないですが, 大学1, 2年生が読む微分積分の本には載っているであろう例を書きます.

ライプニッツ級数(円周率の近似)

{
\begin{align}
1 - \frac{1}{3} + \frac{1}{5} - \frac{1}{7} + \frac{1}{9} - \cdots
\end{align}
}

分母は奇数を1,3,5...と増やしていき, 正負をひっくり返して加え続ける. この級数は収束して値は {\pi/4} になります. {\pi} は円周率です. ただし, この級数は収束がとても遅くて {\pi} の近似値を出すのは結構大変です.

これはライプニッツ級数と呼ばれ, 雑に級数の形を出すだけなら, {\arctan x}マクローリン展開して {x=1}を代入すると出てきます(マクローリン展開のための微係数を計算するのを自分で思いつくのは大変かもしれない).

テーラー展開なんか知らなくてもよくて. まず {\pi}有理数ではありません. すなわち, 分数では書けません({\sqrt{2}} と同じく無理数です)*4. しかし, 級数に出てくるものはすべて有理数です. つまり有理数の無限和であって有理数に収束しないものが存在します.

有理数の有限和は絶対に有理数だということも考えると, 無限和って変なことが起こってるんだなって感じがしませんか?

ちなみに,

{
\begin{align}
1  - \frac{1}{2} + \frac{1}{3} - \frac{1}{4} + \cdots = \log 2
\end{align}
}

という等式が成り立ちます. でも {\log} の底 {e} が数IIIだった気がするのであまり解説はしません.しかし, これも「有理数の無限和」 = 「無理数」という形です.

{\zeta(2)}

{
\begin{align}
\frac{1}{1^2} + \frac{1}{2^2} + \frac{1}{3^2} + \frac{1}{4^2} + \cdots = \frac{\pi^2}{6}
\end{align}
}

最近Riemannのゼータ関数についての日本語記事をやたら目にするのは僕だけでしょうか. ということで既に出会ったことがあるかもしれないけれど, こんな無限和もあります.

左の無限和は"Riemannのゼータ関数に2を代入した形"になっているので, {\zeta(2)} と書きます. {\zeta}ギリシャ文字のゼータね.

これはバーゼル問題と呼ばれている有名な問題で, Euler が解決しました. この辺も調べればいろいろ出てくると思うので僕がとやかく言うのはやめておきます.

なぜこの関数が大事なのかというのは正直僕もまだよくわかっておりません. 僕もまだ無限を探求中なのですよ……*5

おわりに

今思うと, 自然数と偶数の"数は同じ"とかのほうが直感に反する気がしてきたけど, せっかくラマヌジャンに触発されたんだから無限和の話がしたいじゃん?ということで無限和のことを少し書いてみました.

映画ブログっぽくない記事になってしまいましたが, 本編を見た人がハーディや英国の数学者たちが証明にこだわった理由や, ラマヌジャンが惹かれた無限の世界の片鱗が感じられた人が居たら幸いです.

無限の天才 新装版 ―夭逝の数学者・ラマヌジャン

無限の天才 新装版 ―夭逝の数学者・ラマヌジャン

勉強したくなったら

今日書いたことは次の本に書いてあると思うので読みたい人はぜひ. 級数の正確な取り扱いを復習したいという人は図書館で借りるなりしてそこだけでもマスターするといいと思います.

解析入門 (1)

解析入門 (1)

あと個人的におすすめの微積分の教科書です.

微積分

微積分

*1:だから正確には和と呼ぶことができないので"和"と表記しました.

*2:この記事内で複素数を扱わないので実数にしておきました.

*3:一応数IIIを全く知らない人でも読めるように書いている(つもり)なのでご理解ください.

*4:無理数って中学生で習うよね?

*5:休学中に全然勉強していないのだけど.